06/07/23 七月大歌舞伎①春猿が期待に応えた『夜叉ヶ池』

ようやく七月大歌舞伎の昼の部に行ってきた。まずは「夜叉ヶ池」から書く。
観劇前に玉三郎の鏡花作品一挙上演について考えた記事はこちら
1.「夜叉ヶ池」
話の内容は以下の通り。
越前三国ヶ岳の山中にある夜叉ヶ池にはある伝説があった。昔々高僧が竜神を行力で封じ込んだ際、竜神に戒めを思い起こさせるために山麓で鐘を一昼夜に三度撞き鳴らすことを約束したという。以来、代々の鐘楼守が明け六つ暮れ六つ丑満時に鐘を撞いてきていた。
今日も暮れ六つの鐘が鳴り響いた後、旅人の文学士山沢学円(右近)が通りかかり、鐘楼守の美しい妻百合(春猿)の親切にあずかる。茶代を辞退した百合が所望したのは旅人からの面白い話だった。学円が語り出すと奥からのぞいた人影を見て驚き、話を行方不明になった友人の話に切り替える。あわてて学円を追い出そうとした百合をおしとどめ、探していた萩原晃その人(段治郎)が現れる。晃は北国に民話採集に出かけた3年前、ここの鐘楼守の老人から夜叉ヶ池にまつわる伝説を聞いた。その直後に倒れた老人は後が心配で死に切れないと訴えるので、晃は代わって鐘を撞く約束をしてみとる。鐘撞きを村人に託して村を出ようとしても誰も引き受けずに迷信だと嘲笑う。そのまま村を出ようとした晃だが、百合の姿を見て心が変わる。その美しさを水に沈めたくない思いに鐘楼守にとどまり、百合と夫婦となって世を捨てていたのだった。
休暇の余裕がない学円が池を見るのに晃も同行。夜中に出かけてしまったふたりを寂しそうに見送る百合は心を鎮めるために人形を抱いて子守唄を唄う(人形が大好きな鏡花は人形をよく登場させる)。
同じ頃、当の夜叉ケ池の龍神である白雪姫(春猿)に恋文が届く。恋しさが募った白雪は恋しい白山剣が峰千蛇ヶ池の主のもとに飛んでいこうとする。戒めを破ると里が水底に沈んでしまい、天罰が恐ろしいと万年姥(吉弥)が止めるのも聞かず、鐘を打ち砕こうとする。そこに百合の子守唄が聞こえ、その美しい人を殺すにしのびないと思いとどまるのだった。
その頃一帯は大干ばつに襲われていた。雨乞いの贄として裸にして牛に乗せる村一番の美女として指名されたのは百合。鐘楼守の家に村人たちが押し寄せてきたところに晃たちが胸騒ぎで戻ってきた。夜叉ヶ池の鐘の伝説を信じない村人たちは晃に余所者だから出ていけと通告。代議士の穴隈(薪車)を中心に村人らは一帯の八千人の命のためで殺すわけではないからとヤクザ者にまでが刀を抜かせて百合を無理に連れ去ろうとする。晃も鎌を振り回しての乱闘になるが、思い余った百合はその鎌で自害してしまった。そしてちょうど丑満時が過ぎた。晃は撞木を切り落とし鐘を撞かないと宣言するや池の方から地鳴りの音。たちまち水は決壊、全てを押し流してしまう。その流れに百合の後を追う晃も飲まれていく。
そこには眷属たちを引き連れて戒めを解かれ喜ぶ白雪が剣が峰に向かおうとする姿があった。人間たちは全て水中の生き物に姿を変え、この新しい淵に百合たち夫婦の住まいにしてやろうという言葉を残して.....。
物語は本当にファンタジーだった。自然に対する畏敬の念を忘れてしまいやすい人間というもの。自然が時にふるう猛威について伝説や言い伝えの形で語り継がれている社会かそうでないかというのが運命を決定的に左右するというのは東南アジアを近年襲った大地震大津波で実証されているというのが記憶に新しい。「夜叉ヶ池」の伝説を軽んじた村人たちは水に飲まれてしまうが、魚や田螺に姿を変えてしまっただけというのもファンタジー。自ら死んでいった百合たちもそこに新しい命を得る。
「夜叉ヶ池」の妖怪たちにも恐れる天の神がいて、その罰で自分も滅ぶかもしれなくても白雪が恋を貫こうとしたり、百合たち人間の夫婦の愛し合う姿を妬ましく羨ましくあやかりたいと思ったりする描き方がとても魅力的だ。異界の者の方が喜怒哀楽の感情を激しく吐露するところなど羨ましいと思えてしまう。人間社会の方がよほど生きにくいという皮肉もきいている。そしてそれらを美意識にくるみこんだ物語として作り出した鏡花をあらためてすごい作家だと感心した。
これまで玉三郎がつとめた百合と白雪姫の二役を託された春猿は堂々の主演である。百合は白髪の鬘姿から楚々として美しく、一転して白雪では異界の者の妖しい美しさが全開していた。澤潟屋一門を観始めた頃からこの人には花があると注目していた私としては感慨深いものがある。これで自信をつけてくれたと思うし、これからもどんどん大きなお役が回ってくることを願っている。また今月昼の部はTVで人気沸騰の春猿のナマ舞台を観たくて初歌舞伎座という観客も多いと思うが、そういう方たちにもとても満足してもらえたと思う。TVで見る面白キャラの春猿がこんなに真面目に美しい主役を張るのを観て、歌舞伎座に親しみを感じる若い人が増えてくれたんじゃないかと思う。歌舞伎を支える人たちを一回り広げる起爆剤にもなる抜擢だ。
段治郎も初日があいてすぐは台詞でいっぱいいっぱいだったと聞いていたが、その心配を吹き飛ばすようななかなかの出来。ちゃんと情感がこもっていた。切れ長の瞳が優しげで、白髪の鬘をとった散切り頭もよく似合う。何よりも春猿とのコンビのバランスがとてもよい。
右近でいつも気になるくせの強い台詞回しも、こういう役ではあまり気にならずにすみ、なかなかいい学円だったと思う。入間悪五郎の頃はあまりにまん丸顔で台詞が口にこもってもうあきれ果てたものだ(『演劇界』でも指摘されていたくらいだ)。今回は顔もすっきりとしていたしダイエット成功ではと思った(歌舞伎界はダイエット成功者が続出。私も見習った方がよいのだけれど.....)。
薪車は最後にちょっと出てくるだけの代議士の穴隈役だったが、こういう二枚目ではない相当憎憎しい敵役もいい経験になるだろうと思う。『日高川入相桜』の赤っ面の船頭をふと思い出してしまったが(笑)。
鏡花の作品のうち、『滝の白糸』のような作品は新派に向いていると思うが、この世のものではない存在と人間がかかわっていく系列の物作品は歌舞伎役者が演じてこそ活きてくると思う。この作品でも蟹五郎・鯉七・黒和尚などという眷属などは歌舞伎風に演じるのにぴったりだ。
澤潟屋の一門は猿之助の下でスーパー歌舞伎に取り組んできたので、こういう古典的な歌舞伎ではない作品において力を発揮しやすいのかもしれないと思った。
写真は今月の歌舞伎座のチラシの画像。
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